70s〜80sの洋楽 おすすめCDレビュー
「名曲、迷曲、あぁ!この曲」70s80sのロック・ポップ系洋楽ヒット曲とアルバムの小コメント。このころの洋楽が青春だった。 今も衰えを知らない洋楽たち。ウインドサーフィン,スノボー、からだを動かすことが好きなまだ若いと思っているマイウェイ・コジの洋楽雑記帳。
クイーン〜「プロセッション」
クイーン・・・壮大なインストルメンタル。

ステージのオープニング曲「プロセッション」
1974年リリース『クイーン供淵曠錺ぅ函Εイーンとブラック・クイーンの啓示)』からの1曲目のナンバーである。

ロジャーの思いドラム音で始まるこの曲はクイーンのイメージそのもののナンバーであると思ったものだ。
初期のクイーンのコンサートでは必ずといっていいほど使われていたナンバー。
ブライアンのギターで奏でられるハーモニー奏法でそれまでに聴いたこともない音色でとても興奮したものだ。
暗闇の中にそのサウンドが流れた瞬間、鳥肌が立った。今でも横浜文化体育館でのコンサートは忘れられない存在だ。

まだ売れていなかったころ、1973年のイギリス国内ツアーでの“モット・ザ・フープル”の前座として演奏していくうちに評判となったクイーン。やはりそのオープニングは「プロセッション」であったようだ。
ブラックとホワイトをコンセプトにしたアルバムとこの曲のイメージが成功の鍵だったんじゃないかと勝手に思っている。ん。

モット・ザ・フープルのステージでヒット曲「すべての若き野郎ども」に飛び入りでコーラスに参加したクイーンを生でみたかったな〜と、かないもしない夢をみつつも・・・。





テーマ:'70年から'80年の洋楽 - ジャンル:音楽

閲覧ありがとうございました。⇒ 
ブログランキング
クイーン〜「バイユー 」
落ち込んでる時に聴く曲・・・じゃないかな。

1973年の「戦慄の王女」から35年。今も尚、CMとかBGMでよく聴かれる クイーン
声域が3オクターブとも4オクターブともいわれたボーカル、フレディ・マーキュリーのオペラチックな歌声とブライアン・メイの特殊な音色、“nobody played syntesizelr”とジャケットに刻まれているほどのギターサウンド。その音楽の衝撃はいまでも忘れられない存在である。

某チュウハイのコマーシャルで♪ウィ・ウィ・ウイ・ロッケン・・・なんて歌ってる歌手K・K。
正直、軽々しく歌ってほしくないというのが本音である。
このCMを見る(聴く)たびに「バカヤロー!軽がるしく歌うんじゃねえ」と勝手に独り言いってしまうんですね。でもそれがいい!っていう人もいるんだろうから・・・。

1991年、オリジナルではクイーンの最後のアルバム「イニュエンドゥ 」
フレディ在籍(死去前)でのアルバムとなってしまった作品で、しっかりとまとめあげているといったサウンドを聞かせてくれる。

なかでも、後にして思えば、フレディの為に奏でられたようなギターリフが印象的ちょっと淋しげなナンバー「バイユー 」
ピンク・フロイドのデビット・ギルモア風のギターソロから始まるとてもプログレッシブな楽曲である。ブライアン・メイの一人舞台的な要素があり、4人の合奏があればなと思う曲である
もちろん、フレディの感情のこもった歌声がなにか・・・を予感させる。




テーマ:'70年から'80年の洋楽 - ジャンル:音楽

閲覧ありがとうございました。⇒ 
ブログランキング
クイーン〜「ネバーモア」
ロックにピアノ・・・感動!

クイーンのデビュー当時、ロック雑誌「ミュージックライフ」でのアルバムの広告で知ったのが初めてだったようなき気がする。

多分記事でも紹介していたもかもれないけどはっきりした記憶はないけど、フレディ・マーキュリーのエキゾチックな顔、そしてメンバーもそれなりにエキゾチックなイメージを漂わせていてとても印象に残っている。

ハードロックの新人バンドという触れ込みではなかったかと思う。
ディープ・パープルを主に聴いていた時でもあり、またどんなグループなんだろうと興味深々で買ったファーストアルバム『戦慄の王女』
ハードロックというより、若干プログレロックも意識したグループという印象だった。ブライアンのギターの音色といい、オペラチックなコーラスワーク、多重録音とパープルのサウンドとはまた違った感覚を教えられたグループでもある。

1974年リリースのセカンドアルバム『クイーン供戞淵曠錺ぅ函Εイーンとブラック・クイーンの啓示)ではいよいよ本領を発揮してくるのであるが、ピアノとロックってこんなに合うもんなんだなと思い知らされたのもクイーンかも知れない。

「戦慄の王女」でもピアノはけっこう使われているが『クイーン供戮8.「ネヴァーモア」(LPではブラックサイド〔B面〕の3番目)は1分ちょいの短い曲ではあるがとても印象に残るピアノ演奏とクイーン得意の高音域のボーカルとコーラス。キレイなメロディライン。ギターもドラムも入っていないピアノ独奏でロックとは言えないのかも知れないけどロックアルバムでこんなに澄みきったピアノの音を聴けるなんて考えもしなかっただけにとても印象に残っているナンバーでもある。



閲覧ありがとうございました。⇒ 
ブログランキング
フレディ・マーキュリー〜「タイム」
一見、クイーンらしい曲だけど、やっぱりフレディ。

1991年にHIVによる合併症、気管支肺炎でロンドンの自宅にて死亡したクイーンのボーカリスト、フレディ・マーキュリー。

1973年からエキゾチックな雰囲気と顔(失礼)とハイトーンで奏でるロックボーカルと偉大なるジャンルを築いたフレディ。もちろん、クイーンのメンバー、ロジャー、ジョン、ブライアンたちの才能との融合で一時代を駆け巡ったバンドの一員でもある。

生前、ソロアルバムを2枚リリースしており、その中でもシングル「ザ・グレート・プリテンダー」は プラターズのカヴァーでもあり、ソロ作としては最大のヒットである。ポップできれいなサウンドに仕上げられており、フレディの持ち味である繊細なボーカルが生かされたナンバーである。

SF映画『メトロポリス』(1984年)のサウンドトラックに収められ「ラヴ・キルズ 」。ソロアルバム2枚では聴くことが出来ないこの曲もヒットしている。クイーンのヒットシングル「ラジオ・ガ・ガ」のコンセプトと同じようなイメージのナンバーで軽快なテクノっぽいナンバーである。

「イン・マイ・ディフェンス 」はピアノをフィーチャーした壮大なロックナンバーである。フレディとピアノの相性をたっぷりと聴け、なおかつ、ハードに仕上げられてるナンバーである。こうゆう曲はフレディならではの感性とボーカルが生き生きと感じられる。

「タイム」ミュージカル『タイム』のために書き下ろしたナンバーで、この曲もソロアルバム2枚では聴くことが出来ない。
しっとりとした曲で、クイーンでも得意とするコーラスをふんだんに使ったナンバーである。
しかし、ソロらしくポップでサウンド自体ギスギスした所がない、やさしい気持ちにもなれるメロディは心地よい。

そしてオペラチックな曲「バルセロナ」。クイーン自体オペラチックなところもあるが、スペインの有名オペラ歌手、モンセラート・カバリエとの出会いがこの曲をフレディに書かせたといっても過言ではないナンバーである。
閲覧ありがとうございました。⇒ 
ブログランキング
クイーン〜「ボヘミアン・ラプソディ」
ラプソディ!

ピアノの音とロックのマッチングすばらしいと言えば、パッと頭の中に浮かんだ曲はクイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」
1975年リリースの『オペラ座の夜』からのシングルカットである。


清らかなコーラスで始まるこの曲はクイーンの代表作の中のさらに代表作といったナンバーである。
コーラスの後のピアノの音色はいまだに頭の中から離れたことがないくらいの衝撃的に印象に残っている。


もちろん、曲構成が多彩で、コーラス、ピアノ&ベース、フレディのボーカル、ブライアンのソロギター、ロジャーのドラムとわりとパートが独立していてそれをゴムのような接着剤でつなぎぎ合わせたような一曲で数倍楽しめる曲構成にはこのころの音楽シーンにはなかったような気がする。 


斬新な発想のもとに奏でられたこの曲でクイーンの名を一躍トップの座に躍り出た誰もが認める曲ではないかと思う。
閲覧ありがとうございました。⇒ 
ブログランキング
フレディ・マーキュリー〜メトロポリス
軽快なフレディ・サウンド。

1984年リリースの映画「メトロポリス」のサウンドトラックに収められている邦題「メトロポリス」(Love Kills )。

フレディ・マーキュリーのエクゾチックな歌声がさえる軽快な曲である。
独特の歌いまわし、強弱のしっかりとした力強さと優しさがほどよい歌声はさすがフレディという意外にない。

1927年に公開された映画で製作時から100年後の2026年が舞台のヒューマノイド(人型のロボット)が登場する社会派的SF映画であるらしい。というのも見たことがないのでなんともいえないが後のSF映画に多大な影響を与えたという映画でクイーンの11枚目のアルバム『ザ・ワークス』からのシングルで「ラジオ・ガ・ガ」のプロモーションビデオにも使われていました。

この曲意外にも、3. 暗黒の檻(ジョン・アンダーソン) 、6. ヒア・シー・カムズ(ボニー・タイラー) 7. ティストラクション(ラヴァー・ボーイ) などの曲も楽しめるアルバムである。

テーマ:洋楽 - ジャンル:音楽

閲覧ありがとうございました。⇒ 
ブログランキング
クイーン〜静かなる男
ジョン・リチャード・ディーコン

クィーンのベーシストである「ジョン・デーコン」
その彼の作である1976年リリースのシングル「マイ・ベスト・フレンド」が大ヒットしており、そのころ大ブレークしていたベイ・シティ・ローラーズ とトップ争いをしていたのを思い浮かべます。

もともとジョンはザ・ビートルズのファンでギタープレイヤーでようである。若かりしとき(10代)に「オポジション」というグループでリズムギターを担当していたが、軌道にのっていた矢先にベーシストが脱退し急遽、ジョンがベースを担当することになったらしい。(意外とこのことがなかったらクィーンのメンバーじゃなかったかも)

大学生時代に、もうバンド活動をしていていた初期の「クイーン」のステージを見ていたということだが、たいした印象はなかったようだ。
その後、ふとしたことから友人の友人からロジャーとブライアンを紹介され、ベーシストを捜しているとかで、後に『クィーン』の4人目ジョン・ディーコンの誕生となったしだいです。(拍手・・・)。

静かなる男、ジョンの作品は「マイ・ベスト・フレンド」の作品で聴けるようにやさしさが伝わってくるようなサウンド、はたまた「地獄へ道連れ」のようなドスの利いたサウンドありと多彩な音楽性も持ち合わせており、クィーンのメンバーとして欠かせない存在になっていったのでしょう。

テーマ:洋楽CDレビュー - ジャンル:音楽

閲覧ありがとうございました。⇒ 
ブログランキング
SEO対策:洋楽